一途な女、接客の花道を往く。【知野沙央璃】

~DISCOVERYではたらく人々 第7回~

第七回は、「いいと」の知野沙央璃(ちのさおり)の登場です。いいとのオープニングスタッフとして入社し、そこからわずか4ヶ月で役職がついた彼女のブレのない人生の歩き方、どうぞお読み下さい。
(インタビュー・恩蔵あゆみ)
 
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■和食に惚れる。食器を学ぶ。着物で働く。

—まず、現在のお仕事内容を教えて下さい。

「いいと」での接客、サービスです。アシスタントマネージャーとして、接客の他にも予約を受けたりドリンクや消耗品の発注などもします。今年の5月入社なのでまだ半年ちょっとですね。いま29歳。ディスカバリーに来る前は和食店で着物を着て接客をしていました。

—-いいと以前の話からうかがいますね。飲食業のスタートは?

高校からずっと接客業のアルバイトをしてました。
実家が酒屋で父親も和食のお店をやっているので、接客業というのがずっとそばにあったんです。大学でも心理学を専攻したので、人と密になるような仕事につきたいと思ってました。それと着物が着たくて。着物が着られて接客もできるとなると和食だなと思い、そこからはもうずっと和食一直線です。洋食に行きたいと思ったことはないです(笑)
きっかけは大学時代の割烹でのバイトです。それまではお肉が好きで魚はほとんど食べなかったんですが、そこで調理の仕方や食べ方を教えてもらってからお魚がすごく好きになったんです。

—では卒業したらすぐ和食業界に就職?

いえ、新卒では食器を洗浄する会社に入りました。一応ホテルの面接も受けたんですが、和食に行くのは食器全般に関する知識を学んでからでも遅くないと思って。
入社したのはホテルの食器を管理する会社です。例えば披露宴の食器を全部洗浄してスタンバイしたり、レストランのお皿を注文したり。委託会社ですね。ホテルの持ち物である大量のお皿を洗い、食器自体の管理もします。

—和食業界に行く前に食器を勉強しようってすごいですね…。

和食器には色んな種類があるし、そもそも洋食器の三大メーカー(ニッコー、ノリタケ、ナルミ)も知らなかったので。
その時、欠けた食器の直し方なんかも勉強しました。金接ぎ教室に通って、欠けたところを石膏で固めて乾かして金で塗って…という作業をやる。和食器だけじゃなくてガラスも直したりしましたね。その会社には5年くらいいました。いい環境だったので楽しかったです。で、その後そろそろ社員として働こうと思って入ったのがお寿司屋さんでした。

—お寿司屋さんって怖そうなイメージがありますが。

全然そんなことなくて、みんないい人ばかりでした。そこでは符牒(お店側だけで通じる言葉)を覚えることからやりました。その後は銀座のうなぎのお店。その後がディスカバリーです。
ずっと伝統的なところで働いてきて着物も着られるようになったし、今度は違う和食店に行ってみようと思った時に見つけたのがディスカバリー。「いいと」がオープンする時の募集でした。既存店から入るよりオープニングから入った方が楽しそうだし新しいやり方もできそうだなと。自分でソラマチ店に2回食べに行ってみて、こういうお店なら楽しそうだなと思ったのもあります。

—お客さんとして行ったんですね。
今までこのシリーズで、面接や応募の前に食べに行った人は初めてです!

そうなんですか(笑)でも絶対やったほうがいいと思うんですよ。これまでのお店でも面接が決まった時点で食べに行ってました。ディスカバリーだけは応募の前に行きましたけど。

—例えばその偵察の結果、やめたところってあるんですか?

あります!見るポイントは完全に接客です。雑だなとか、料理説明もなしに行っちゃうんだなとか。友達と一緒に食べに行って「どう思う?」って聞くんです。言いたいこと言うし細かく見てくれる友達なので「ここはないよね」って言われたりして「やっぱりそうだよね!」とか(笑)

—知野さんチェック、厳しいんですね(笑)

 
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■ギャップに悩む。未知に苦しむ。

着物じゃないお店を探してはいたんですけど、食幹は何だかすごく新しくて「ラフだな…これで和食なんだ」と。でもご飯が美味しくて!あと、たまたま隣のテーブルに外人さんがいたんですけど、料理の説明や接客を英語でしていたので「あの店員さん積極的に話しに行くなあ…英語喋れるスタッフが普通にいるんだな」と。外人さんが来るお店で働けるなら勉強もできるしいいなと思って応募しました。その後入社してすぐ渋谷の食幹で研修です。

—実際に働いてみて、印象はどうでした?

今までのお店はしきたりが細かかったんですけど、それがあまりないので驚きました。びんビールを持って行くのもこれまでは必ずトレーに載せて、手に持つのは絶対NGだったんです。お猪口ととっくりでも、なくなりそうになったら必ず注ぎに行くのでお客さん自ら注ぐことはなかった。でもそういうのは必要ないと。お客さんが席に座ったらトーション(白い布)を膝にかけてあげるとか「やらなくていいんですか?」「うちはそれはしない」という感じで(笑)これまではテーブル席の接客だったので、カウンター接客というのも初めてでしたね。

全体的な印象は「みんな楽しく仕事をしていていいところだな」と。接客に関しても、料理も出せるしオーダーも取っていけるので大丈夫だったんですが、今まで自分がやってきたこととのギャップが激しくて、ここでやっていけるのか不安で仕方なかったです。褒めてもらえても、どこが評価されているのか分からなくて。

—自分では当たり前と思っていることがすごかったのかもしれませんね。
研修の後はすぐいいとの立ち上げ。食幹とはまた接客スタイルが違いますよね。

そうですね。完全にカウンターを介しての接客です。しかも研修では会っていないメンバーとのスタート。わたし結構人見知りで人との壁をつくっちゃうんです。接客だと全然いけるんですけどね…(笑)今でこそみんないい人だし楽しいしずっと関わっていきたいなと思ってますが、最初は誰のことも知らないから「私と合うかな、一緒にやっていけるかな」と。

 

■「1足す1は3以上」って?

—最初は不安から入るタイプなんですね(笑)

マイナスからしか入れなくて…(笑)慣れるまでしばらくは緊張と不安に押しつぶされそうでした。でも就職して1ヶ月くらいはそういう気持ちになるからとりあえず頑張ろうと。そして1ヶ月経ったらもう1ヶ月頑張ろうって自分に言い聞かせて。
あとは閉店後にメンバーと話をしたり、悩みを聞いてもらってめっちゃ泣いたりとか(笑)
ほんとに慣れなかったんですよ。お水ひとつ注ぐのも、どれがよくてどれがダメなのか分からない。今までのお店ではやるべきことの白黒がハッキリしていたんですが、ここはそういうしきたりがないから「何でもやっていいよ」と言われて。「えっ、どこまで?私にできますか?」って。

—そうか、今までは「これをやりなさい」「これはだめ」ときっちり決まってたもんね。

はい。だから「いいと思うことは何でもやってよ」と言わて不安になったんです「1足す1は2」っていうところでずっとやってきたのに「1足す1は3だから」って。「4にもなるよ!」って言われて「どうすりゃいいのよ!?」と(笑)
接客に関してはできるし、レジも誰よりもできる自信があった。でもディスカバリーがどういうものか掴めなくて。

—社風というか、お店の雰囲気や哲学に自分が合わせていけるのかなと?

そうです。あとは雄三さん(江澤雄三・いいと料理長)や荻さん(荻根沢勝利・いいと総料理長)や泰知さん(島村泰知・いいとマネージャー)にどうやって「私は仕事ができるよ、信用できるよ」ということを伝えられるかと。けっこう負けず嫌いなんです。それほど器用じゃないから迷惑かけたりしてるんですけど、早く認められるようになりたくて。

—これまでのお店では、信頼を勝ち取るためにどんなことを?

例えばお寿司屋さんでは完全にホール業務だったので、フロアマネージャーの仕事を「私やります」ってどんどん奪う(笑)発注もやるし、お客さんが食べたものをまとめて顧客情報に残すとか、もう「やりますやります」って。

—さすが(笑)いいとでアシスタントマネージャーになったのはいつ?

9月です。頑張りを評価して頂いたとは思うんですけど、入ってまだ3、4ヶ月だったので「えっ?」と。でも上には昇りたいという気持ちはありました。これからは「私がアシスタントマネージャーです」と自信を持って言えるように頑張りたいと。役職に負けたくないので。
(役職がついてから)やらなきゃいけないこと、覚えなきゃいけないことが増えたのでプレッシャーでした。毎日メモ用紙の隅に「私はできるから大丈夫!」と書いて自分を応援して。「さおりはできる子だから大丈夫だよ」とか(笑)それ見て「よし今日も頑張れる」って仕事してました。結構メンタルが弱いので昔から自分で自分をほめるんです。
家では絶対に愚痴を吐きたくないので、帰るまでの道のりで大泣きしたりとか友達に電話して話を聞いてもらったりしました(笑)で、家についたら何ごともなかったのように「今日も仕事頑張ったぞ!」と。
 

■気づかれる前に動きたい。全部覚えたい。

—「うまくいかない」ってそんなに思うものですか…?
お店には何度か行きましたが、正直お客としてはミスとか分かりませんけども。

自己満足なのかもしれません。例えば料理を出す時にまだ(お客さんの前に)お皿があったりして、それを一度下げてからやっと料理を出すのがイヤなんです。
お客さんからすれば全然気づかないし「次の料理が来た」って喜んでもらえるだけなんですが、いち工程分作業してから出すよりも、何もないところにハイッて出されたほうが見ててキレイだと思うんですよね。

それとキッチンのフォロー。言われる前に何かをしようって意識がすごくあるので「トレーちょうだい」って言われる前に渡したり、「お茶ちょうだい」って言われる前にお茶が入ってて渡せる状態にしていたり、常にそうありたい。それが少しでも遅れたら「先に言われてしまった」「こっちを先に下げればよかった」って反省します。

—お客さんからみたら何の問題も滞りもないけど、接客をする人の中にはいっぱいあるんですね。
サービスって細かい美意識と哲学の積み重ねですね…。

はい。こういうオープンカウンターのお店って、お客さんも料理人と会話を楽しめるのがいいところだと思うんです。フロア担当が行くよりも、料理人が会話の間で聞いてあげる方がいい時もある。なのでその邪魔をせずに、かつキッチンが気づく前にフォローしていきたい。いいとに入った時に「お客さんに『すみませーん』て言わせないお店にしたい」と言われたので、そこも気をつけています。

—お客さんを見つつキッチンを見つつ…ですね。
知野さんがサービスで一番大事にしているのはやはりお客さんに呼ばせないこと?

はい。あとは笑顔も大事にしていきたいと思ってます。
それと、お客さんを覚えること。食べていたものとか、この人は左ききだとか、この人はお酒は飲まないとか、ビールのあとは日本酒になるとか、端の席が好きだから次に予約が入ったら端にしようとか…全部書くようにしています。お客さんとのコミュニケーションのきっかけにもなるし、それをどんどん活かしていきたいです。

—わたし左ききなんですけど、お店の人に左ききだと認識してもらうことって意外と難しいので、
それをやってくれるお店はかならず記憶にとどめますもんね。

そうですよね。そういう人には茶碗蒸しのスプーンを左にしたり、お寿司も左手でとりやすいように出したり。「あの方、左ききなので盛り方変えてもらっていいですか」とキッチンに言ったり、そうしていきたいんです。

—そういうのが接客の醍醐味かもしれませんね。お客さんや仲間に嬉しい言葉とかもらったことあります?

「気つかっててすごいね」とか「ありがとう!」とか「よく覚えてるよね〜」とか言われます。そういう時はやっててよかったなあ…と思います。そこがいちばん楽しいところですね。
 
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■「あの人がいる店」と言われる日まで。

—-いいとやディスカバリーのここがいいなっていうのはあります?

ほんと仲がいいところ。これまでのお店では社長と話すチャンスなんてないし、ましてや料理長やマネージャーに意見したり相談したりすることなんて全くなかったので、上下のへただりがないなと思います。これまでは完全にトップダウンの会社にいたので、「こうしたい」という意見が言える会社ってすごいなと思うんです。

—-この先、個人的に「こうしていきたい」というのはありますか?

自分を覚えてもらいたいなというのが一番。それとお酒をもっと覚えて「この料理にはこのお酒が合う」という知識も身につけたい。あと英語が喋れるようになりたいです。外国のお客さんもいらしてるので。
料理の説明や席の案内など接客の英語はできるんですけど、どこから来たの、いつまでいるの、東京でどこ行ったの…っていうコミニュケーション会話についてはそこまでスキルがないので身につけたいです。

—いまプライベートな時間は?

休みもちゃんと取れてるので、美味しいものを食べに行ったり、ごはんつくって食べたりしてます。趣味は洗濯とか家事。洗濯物干すのが好きで…地味ですよね(笑)

—最後に、飲食業界で働きたい人、いま働いてる人にアドバイスはありますか。

実践あるのみ。これまでやってきたことは絶対無駄にはならない。働いて得たことは後で必ず出せます。あとは自分に自信を持ってやるのが一番じゃないかと。
行き詰まったり悩んだりした時は、美味しいものを食べに行く。そして接客をよく見て、仕事に活かす。勉強になるし料理も食べられるし、自分がこうされたらイヤだなというのも分かるし。お金はかかるけど、ちゃんとしたお店に食べに行って勉強するのがおすすめです。それと自分が働きたいなと思ったお店には絶対食べに行くべき!

—なるほど。とりあえず知野さんの近々の野望としては「いいとに知野あり」と。

言わせてみたいですね…。

—「島村泰知を抜かす」という宣言でいいですか(笑)

はい(笑)頑張りますしか言えないですけど…「知野、変わります!」ということで。
 
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接客業ひとすじ。和食ひとすじ。経験豊かで仕事には自信があるにも関わらず彼女がたくさん不安になったり泣いたりしたのは、きっといつだって「もっと腕を磨きたい」からなのでしょう。優しい雰囲気と穏やかな物腰からは想像がつかない、接客における職人魂をビシビシ感じました。野望の炎は、どんどん燃え上がりそうです。


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