さすらいの経歴を、多彩な武器に。【銘苅隼人】

~DISCOVERYではたらく人々 第9回~

第九回は、広尾「小野木」から銘苅隼人(めかるはやと)が登場です。小野木名物(?)の満面の笑みと陽気でフレンドリーな接客で知られる彼、今回は「求人のためにこのインタビューに出ます!」とのこと。そう、「小野木」はいま絶賛サービスマンを募集中。まずはそのバラエティに富んだ経歴と熱い思いをどうぞ。
(インタビュー・恩蔵あゆみ)

 

 

■機械好きが接客好きに。

—銘苅さん、珍しいお名前ですが…。

沖縄です。ぽくない顔だけど(笑)沖縄市(通称コザ)出身です。中学までいてその後、長崎・佐世保に行って高専に通いました。NHKのロボットコンテストみたいなの、機械工学がやりたくて。
高専時代にハウステンボスの中のビアパブでアルバイトしたら人と接するのがすごく好きになって「接客好きだなー」と。でも高専は就職率100%なので20歳で卒業して大阪が本社の機械工具の会社に就職しました。三重の工場で精密機械使ってモノ作ってたんですけど、年末にも飲食店でアルバイトしたりしていて。

—会社に勤めてるのに(笑)

「やっぱ接客したいな」と。で、そのモヤモヤ感が抜けないから「飲食で働きたい、自分でお店やりたい」って思うようになって。だけどつてもコネもないから、22の時に会社辞めていったん沖縄帰ったんです。

—機械工学ジャンルは、実際やってみたらテンション上がらなかった?

上がらなかった…(笑)今でも手を動かしてモノを作るのは好きですよ。でも、モノと向き合うより人と向き合いたいっていう思いが強くなった。接客が楽しくて「この人何考えてるのかな」って考えるのが好きになっちゃって…。アルバイトの時にお客さんに「君いいね〜」って褒められたりして、そうするとテンションあがるじゃないですか。のせられて伸びるタイプなんで(笑)

沖縄ではリゾートホテルのメイン厨房に入りました。若い子がすごく料理できるの見てて悔しくて調理師免許取りに行こうと思い、沖縄調理師専門学校に通いました。
料理人志望だったわけじゃなく、店長になったり自分で店つくったりした時に料理できた方が便利だなと。「和食やりたい」と思ったのは卒業の時。素材を活かすし、季節があるというところが好きで。
でも沖縄にはなかなか和食屋さんがなくて。沖縄居酒屋で料理人やった後、那覇の寿司屋に入りました。おばんざいもあるお店なので色々やりましたね。刻みものや巻物以外にも掃除、洗い物、もちろんサービスも。それが26歳くらい。そうしたらそこの大将の大将が目黒で寿司屋やっていて、人手ないから来ないかと言われて「じゃあ行きます」と。

—もともと東京に行きたいというのはありました?

それはなかったんですけど、沖縄の寿司屋では築地から食材を仕入れていて、「魚ってこんなに美味しいんだ、貝ってこんなに色々あるんだ」って初めて知ったんです。沖縄にはないんですよ。シャコ貝とかはいるけどそういうのじゃない。赤貝ってこんなに生きてるんだ、トリ貝って生はこんななんだとかそういうのを見て「東京って食材すげーな」と。だから目キラキラさせて東京行ったんですけど、大将の息子さんと喧嘩して半年で店辞めちゃった(笑)

—あららら。

■中華からまさかのドアマン。

その寿司屋の常連さんに都ホテルの「四川」の料理長がいて、大将が「こいつ接客向いてるから」と言ってくれた縁で行くことになって。そこで初めて本当のサービスを教わりましたね。これまでは簡単なサービスしかしてこなかったので、ワインの抜栓、上座下座、お客さんの動きを見てどう対応するか、などなど。
都ホテルは3年いましたね。アルバイトから社員にまでなって。でも社員になってすぐ、僕ドアマンになったんですよ。「社員になったらどこ異動されるか分からないよ」って言われても、いうても宴会とかかな…って思ってたら「ドアマン!?英語も喋れないけど?」(笑)

—「じゃあ辞める」ってならなかったんですか?

「四川」のマネージャーがサービスのいろはを教えてくれて、まあ殴られたり蹴飛ばされたりしましたけど(笑)顧客をたくさん持っていて1日ひと組必ずつかまえるという名物支配人だったんです。すごく尊敬できる人だったので、社員になった途端辞めるなんて絶対ダメだと思って「コンチクショー」ってやりましたよ。ホテル学校出てるわけじゃないからホテル用語も分からないし何も知らないから、そこからホテルの勉強し始めました。

—飲食のサービスマンとはまた別のスキルが必要ですよね。

そうなんです。お客さんの荷物持って客室まで行くから、ホテル内の案内や説明もしなきゃいけない。VIPの人の顔も覚えないといけない。車と車番と顔を覚えて、常連さんには当たり前のように「あ、お久しぶりです!じゃあご案内しますね」とやらなきゃいけない。あとはバスの誘導したり、大使館のパーティーで色んな車をさばいたり。
いい勉強になったと思うのは「顧客管理がすごく大事」というのが分かったこと。飲食のサービスマンだけをやってたらそれは気づかなかった。
この人とこの人はつながってるからここにはこういう人脈が出てくるとか、ドアマンやるとそれが見える。タグづけができるんですね。VIPとVIPのつながりをきちんと調べておくというのを学びました。タクシー呼ぶのも上手くなりましたね。呼ばせたら右に出る者はいないっす(笑)

ドアマン2年やった後、四川の先輩が神楽坂に新しく中華の店を出すから来ないかと言われて。このままドアマンでいても飲食のサービスには戻れないなと思って神楽坂に行きました。
100席近くあったけど、それを3人でみるみたいな感じ(笑)すごく忙しくて、個室6つを1人でみるとかやってました。おかげでそこでは「いかに上手くさばくか」を学びましたね。ここはまだ放っておいても大丈夫、先にあっちというふうに優先順位をその場でつけられるようになった。

—面白いですね、いろんなところで少しずつスキルを身につけていく。RPGみたいに。

そう、何らかのスキルを得ていくんですよね(笑)ひとつのところじゃ学べないものを学んで引き出しを増やしていくという。
何だかんだと中華の世界に…5年いたんですかね。でもそこで本当に色んなこと学べましたね。その後「やっぱり和食でハンドル切り直そう」と思って巡り会ったのが食幹です。

■「和食でこんなすごいことできるんだ」

—やっと食幹が出てきました…(笑)

もう色んなところにいすぎて…年表つくりたいくらい(笑)
その時は食幹ソラマチオープンのタイミングだったんですが、入ってしばらくは昼ソラマチ、夜に渋谷とかやってましたね。その後は昼夜ずっとソラマチにいました。
食幹の事前知識は何もなかったけど、メニューの構成を見た時に「ああここだったら美味しそうだな」と思いました。

—実際入ってどうでしたか?

実際に料理は美味しいし盛りつけはキレイだし、「うわ、こんな面白いところがあるんだ」と。和食でこんなすごいことできるんだなあって。入った当初は小野木さん(「小野木」料理長。当時は食幹渋谷料理長)のサービスにはびっくりしましたね。「板前がこんなサービスするんだ…」と。料理も完成度が高いし、色んなことに応える柔軟な考え方やお客さんを取り込もうという気持ちもすごい。だからあれだけお客さんがつくんだなあと。予約時に「小野木さんの前(の席)じゃないとイヤ」というお客さんがたくさんいましたよ。

—おお、いわゆるアリーナ最前列センターですね(笑)

そうです。小野木さんの前だと何でも応えてくれるし会話も気づかいもすごいから。お客さんだってそこがベストだと思いますよね。その分しっかりお金頂くけど、お客さんも納得して座ってる。この人には勝てないな…と思いましたね。
ソラマチには2014年11月くらいまでいたけど色々迷ってた時期で。その時、小野木さんが独立するというので色々物件探していたんです。ハコが大きいので働ける人を新しく探すよりも僕にお願いしたいということになって。小野木さんが「ちょっと待て、店をオープンするから」と。それはうれしかったです。「お前じゃなきゃダメだ」って言われたから。

—素敵なひとこと!(笑)食幹にいたときから小野木さんとはいいコンビネーションというか、信頼関係があったんですね。

そうさせて頂いてた、と思います…。でも徐々にですよ!ほんっと徐々に。
それで「小野木」が2015年2月27日にオープンしてマネージャーとしてやり始めました。僕も決定権が強くなって、小野木さんと話してそれがすぐ通る。その分自分の決断が重くなったのですごく責任は感じましたね。

 

■とにかく話したい。楽しませたい。

—「小野木」、始まってみてどうでした?

食幹とは全然違いましたね。広尾という土地柄はほんと難しくて。渋谷の利点って、買い物したらついでにすぐ来れる。食幹の場所は少し遠いけどそれでも歩いて行ける。でも広尾って「ここに来たい」と思って来ないといけない。だからオープン当初こそ色んな人が来てくれて賑わいましたけど、4、5月はほんとに苦しかった。閑散としてましたよ。ディスカバリー初の「土曜日にノーゲスト」ってのを出したこともあるんです。

—お客さんゼロ?いまの「小野木」からはちょっと想像できない。

あったんですよ…。そこからです、よく来てくれるお客さんに「土曜日は席あいてるので来て下さい」って声かけて。「いつも混んでるね」「いや土曜日ヒマなんですよ!」みたいにおすすめして。そうしたら土曜日に近くのお客さんが固定でついてくるようになりました。

—お客さん来ないと自分にも重責がドンと来ませんでしたか?

ほんと苦しかったです。これだけの内容があるから大丈夫とは思っても大丈夫じゃないですもんね…。僕らも正直、渋谷であれだけの人数来てたから余裕だと思ったんですけど…おかしいなと。うまく店内を回すことよりもまずお客さんともっともっと話しないといけないなと思いました。

—「小野木」はお店とお客さんとの会話が多い印象があります。

新規のお客さんでも、どういう状況で来てくれたのかなと思うので話しかけにいきます。
食べるのが好きな人にはもう1回来て欲しいなと思うんですよ。うちの料理はそれだけ自信があるし、食べてくれればみんな顔が変わる…その瞬間が楽しいんですよ。どんなワガママ言ってたお客さんも小野木さんの料理食べると「こんな美味しいのか…」って。そこからが僕たちサービスマンの勝負。今まで3人ひと皿だったのを「美味しいですか?じゃ3つにお分けしますか!」とか。そういうお客さんが集まってきてるのがだんだん分かって来たんですよね。ただ話題の店じゃない、ほんとに美味しいから来てくれる。そういう人って顔で分かるのですぐ話しかけにいく。そうするとその人がまた好きな人連れて来てくれる。そこからつながっていって軌道に乗ったというのはありますね。

—銘苅さんの接客に関するこだわりってありますか?

「楽しいこと」。僕もですけど、お客さんも。
接待でも盛り上げに行ったりしてしまいますね。うちはガチガチな店じゃない。仕事の会食だとしても楽しんでほしいから、盛り上げるにはどうしたらいいのかなって考えます。

—難しくなかったですか?どこまでそのお客さんに踏み込んでいいのかなって。

こっちがニコッとして、返してくれたら勝ちだなと。その反応は見ますね。こっちニコッとしてあれ違うなと思ったら、その時はもう普通にカタチある接客をしますけどね。極論、楽しませることしか考えてないので。

—それは特徴的ですね。お店構え的にはきっちりした大人の和食のお店だけど。

お客さんを取り込もうという意識は強いです。その場を楽しく変えてあげたい。せっかく美味しいもの食べに来てるんだから楽しんでもらいたいなと。難しい顔して食べても…ね。初めて来て緊張しているお客さんならほぐしにかかりますし。いつも、どこに隙間を見つけるかって狙ってはいます。

—これまで色々な場所にいたことが役に立ったなというのはあります?

この仕事は全体が見えてないとできないので、1人で何もかもやった神楽坂100席の中華はすごくいい経験だったなと。これだけの人数でどう回すかと優先順位をつけること。あとは料理の流れを掴んだことですね。
僕も長年一緒にやっているから小野木さんならこういう順番で流れてくるっていうのを知ってる。アラカルトのオーダーが来た時もその順番に並べてあげるとかね。中華は、辛い→辛くない→辛い→辛くない、なんですけど、それが和食にもある。できれば味が濃いのが最後にしようとか、強弱は小野木さんのコースを見ながら習得しました。それを元に構成を考えます。
お客さんに「アラカルトなのにコースみたいだね」「タイミングみてうまく出してくれるね」って言ってもらえるとすごくうれしい。それは僕が得た経験値ですね。

将来小さいカウンターだけのおばんざいの店をやりたいなっていうのは今もありますけど、小野木さん見ちゃったらね…。接客しながら料理出してお客さん楽しませて…顧客も覚えるしお客さんの特徴も覚えるし…サービスマンでもあの人にはそうそう勝てないと思います。料理人って作って出せばそれでいいんですけど、あの人は作って出してそれで虜にする。そういう人に会えてすごくよかったと思います。

 

■「人が好きな人」募集中。

—いまサービス担当の人は銘苅さん以外にいますか?

いまみんなアルバイトなんです。社員はいない。だから人が欲しいです!!

—どういう人が欲しいですか?

一緒に楽しめるひとがほしい!(笑)
一番は、お客さんのことを思える人ですね。「あ、寒そうだな、何か掛けてあげようかな」とか、1つ1つ気配りができる人。本当に基本的なことですが、それが仕事につながる。いちばんのベースは「人を思う気持ち」。
「あのお客さん今日あんまり飲まないけどどうしたのかな?」とか気づく人。わたしソムリエ資格もってる、利き酒師もってるというよりも、人と接するのが好きな人と一緒に働きたい。接客の経験なくてもできる子はできますから。実際の立ち振る舞いや技術は教えます。一緒にやっていこう、ゼロからでもいいよと。

—「小野木で働くとこういういいことがある」というのは?

今までにない、他のお店にもない、面白いステージは見れると思います。オリンピックも見据えてますし、これからもっといろんなお客さんが来るだろうし。
あとは小野木さんの仕事を見てるだけでも勉強になる。見たことない料理、見たことないお客さんの笑顔っていうのは必ず見れます。
常日頃から新しい料理を考えてるし、新しい食材にもチャレンジしてる。お酒に関しても何か新しいものをやりたいなら僕も取り寄せるし。形にこだわらずチャレンジしたいというなら何でも与えてあげたい。もちろん自己満足ではなく、お客さんのためになるならですけど。
仲間意識が強いお店ですけど、優しいばかりじゃないです。礼儀をちゃんと教えるし、それが分からない子には厳しい。でもそれは社会出てどのみち必要ですから。

—メンバーみんな仲良しですよね。

はい、オフではよくみんなで騒いでます(笑)あとは年イチでできるだけ旅行いこうとしてるんです。去年はみんなで香港へ研修旅行いきました。香港の三ツ星レストランを3軒まわって、いろんな料理や接客を勉強しました。

「小野木」は小野木さんあっての店なのでその位置づけはハッキリしてます。だけど彼はそれを押しつける人じゃない。あの人、お客さんにしてることを普通にスタッフにしますから。スタッフを愛せない人はお客さんを愛せないんですよ。
仕事モードの時はビシッとなるし上下関係もきちんとしてますけど、帰り際には「大丈夫か」って声かけて帰す。小野木さんのテーマは「次の日に残さない」なので。
うちのチームワークけっこう強いです。お客さん取り込ませたらそこらへんのお店には負けない(笑)だからそこに新しく入るサービスの人がもうひとりくらい欲しいな…と。

—書いておきますね(笑)銘苅さんはこれからこうなりたいというのがありますか?

今後は…人を育てたいっていうのはすごくありますね。「サービスってこんな楽しい」っていうのを伝えていきたいなと。
小野木の中でなくても会社としてやりたいなと。僕は押しつけて教えるよりも、この子はこういうタイプだからどう教えるか、というのを考えたい。長所を活かして人を育てたいんです。
せっかく入って来たスタッフは簡単に辞めてほしくない。和食って難しいということが分かってるので。うちは調理場が主となる会社なのでおのずとサービスの負担は大きくなる。それに合わせ切れる人って限られてくる。でも入って来てくれた子たちが合わないからサヨナラではなく、いい部分を活かして何かの可能性でつなげられればいいなと。だって出会ったのって何かの縁じゃないですか。

—現場以外のお仕事もできるといいですよね。

それはすごくやりたいです。いまは各店すぐ現場入っちゃうんで、ほんとに無知な子をどう育てるか難しい。だから根本的なことを教えられる教育のお店がつくれるといいなと。そこに新しい人も集まってくるし、そこで学んだ後、その子に適した場所で働いてもらえばいいじゃないですか。
ディスカバリーに入って視界が広がったし、この会社はまだまだ可能性があって世界がこれからも広がっていくから、僕はいろんな人が集まって来てほしいです。ディスカバリーは楽しいですよ。和食だけど和食だけにこだわってないし。それがいいですよね。


お休みの日は1人でフラリと、ディスカバリーの他の店舗にごはんを食べに行ったりもするそう。
「他のみんながどんな形でやってるのかなって。お客さんに他の店のこと聞かれた時知らないのはおかしいし、同じ会社なんだから知っておきたい。いつかみんなが各店舗にローテーションしていけばもっと面白いと思うんです」
お客さんであろうと同僚であろうと部下であろうと「みんなを輪の中に取り込み、いかに楽しませるか」を常に考えている銘苅さんらしい言葉でした。

★これをお読みの方の中で「小野木で働くことに興味がある」「よさそうな人を知っている」という方がいらっしゃいましたらぜひお店に直接お電話を!一同、心よりお待ちしております。
03-6447-7657


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