「チューボーですよ!」にソラマチ店が取り上げられた時、まかないコーナー(未来の巨匠)にもピックアップされた小林さん。シャイな彼女が、まったくの畑違いの仕事に飛び込んだ理由は…?
■本当の「未経験」で飛び込む。
私は入社してからずっと、食幹ソラマチ店の厨房で調理スタッフをしています。
今年に入ってから、板のポジション(カウンターの目の前のまな板)に入れてもらえるようになり、お刺身などをやらせてもらっています。あとは煮物や揚げ物の調理にも時々入ります。
—全然違う職業から転職したそうですね。
前職は設計…図面を書く仕事です。公園やそこにあるベンチ、休憩するための小さい建物とか。エクステリア(インテリアに対比する用語。外壁や庭、外構、屋外工作物などを含めた建物の外観外側全体を示す)系です。
建築インテリア系の専門学校に通っていたので新卒で入社して4年半いました。だけど図面を描くことに飽きたというか…日がな1日ずっとパソコンに向かっているのが嫌になってきちゃって(笑)「パソコンを使わない仕事がしたい!」と思うようになって。
—その中からどうしてこの仕事を?飲食業界の、特に料理人というのはハードル高いですよね。
そこにしようと思ったのは何かすごいきっかけがあったんですか?
何かきっかけがあったわけじゃなく「つくれるようになれたらいいな」という願望だけです。だからよく雇ってもらえたなあと思います(笑)
食べるのは好きだったけど料理が趣味ということも特になく、ひとり暮らしの時は自炊もあまりしなかった。友達とルームシェアした時期にはよく料理していたので「誰かにつくってあげるのって楽しいな」と。
もともと物づくりが好きなのかもしれないです。図面書くのも含め。(前職は)毎日終電帰りでハードでしたが、自分の描いたものが出来上がったのを見るのは嬉しかったし。でもその経験があったから「飲食も結構ハードだよ」と周りから言われても平気だったのかもしれません。
—ディスカバリーを選んだ理由は?
飲食業の転職サイトで見つけて「雰囲気よさそうだな」と思いました。写真が楽しそうで。
—料理人を募集してたんですよね。「未経験可」と書いてあった?
はい、書いてありました。実は他にも何社か受けたんですけどダメで。ほんとに全くの未経験なので難しいよなと。でも食幹は面接後その日のうちに電話がかかってきて、社長面接に来てと言われて「えっ、いいんだ?」と(笑)すごくありがたかったですね。
—じゃあ入った時はイロハのイから?
はい。本当に何もわからない状態だったので。いまだに荻さん(元ソラマチ店料理長・現いいとディレクターの萩根沢勝利)が言うんですけど「ずっとボーッとしてたよね」って(笑)もちろん色々教えてもらえたんですけどね。最初は前菜から入らせてもらいました。小さい料理が何種類かあるので、コースの注文が入ると大きいお皿に盛ります。
–入る前にイメージってありました?上下関係厳しいかなとか。
ありましたけど、想像してたよりみんなフランクで。上下関係ビシーッじゃなく和気あいあいとしていたので意外でした。荻さんは最初見た時「うわー、ザ・料理人だ!」ってすこく怖かったんですが、全然違いました(笑)丁寧に教えてもらえたし、やりやすかったです。
もちろん実際に営業時間になったら大変でしたけど。自分の盛りつけが全然間に合わなくて、流れが詰まっていってテンパるんですよ。だから他の人が手伝いに来てくれて…というのがありましたね。
その後はごはんを炊く、釜のポジションに入りました。私、そこが好きだったんです。全部ひとりで完結できるから。他のポジションは人との兼ね合いみたいなのがあるんですが釜は単独で集中できる。ひとりで打ち込むのが結構好きなのかもしれないですね。その後は、煮方に入りました。
■今でも「私がやっていいのかな」と思う。
–いつから慣れてきたなと思いました?
釜をやってるくらいからだから、26歳でディスカバリーに入って1年くらい経ってからかな。
–いま28歳ですよね。ペース早いですよね!
はい。だから「私がやって本当にいいのかな?」と思いました。
和食の修業だと「まずこれを10年やって次」みたいなのあるじゃないですか。だからこんなに早く私がやっていいのかなと。今もびっくりしながらやってますが(笑)
若い人にどんどんやらせてあげるという社風なんだ、と入社してから気づきました。だからいいところに入れたなと思っています。周りにも「他のところだったらそんなにやらせてもらえないよ」とすごく言われますね。
…失敗ですか?日々失敗だらけです。常に怒られてましたし。いま思えば、それがあるから今があるって思いますけど。
—煮方と焼方まではお客さんと接する機会は少なかったと思うんですが、
板に出たらフロントマンだから、ずいぶん変わったんじゃないですか?
そうなんです。すごく人見知りなので、お客様へのドリンクのおすすめなんかもなかなかうまくできないですね。
煮方だった時に魚をおろす練習をさせてもらっていて、その時に「じゃあ次は板で」といわれて。「えっ!?大丈夫かな」と思ったんですけど、もうどんどんどんどん進んでいっちゃって。それについていくのがやっとという感じなんですけど。
—すごいスピードで立ち位置が変わっていってますね。自分としてはここが武器、というのはありますか?
打たれ弱いんですけど…なんでしょうね。がまん強さ…?
へこみますけど、それで「もう行きたくない」とかにはあまりならないというか。「やらなきゃ」というふうにはすごく思うんです。
—前職と比べたら率直に今の仕事のほうが楽しいですか?
あ、そうですね。楽しいです。やっぱりお客様がいるからかな。すぐ近くでお客様の反応が見えるのがいいです。今はまだいっぱいいっぱいなので、まずは「自分の板の前のお客様のことはしっかり見よう!」というところから始めています。
■楽しく。とにかく自分で考える。
—そんな小林さんのこだわりとか、ポリシーみたいなのはありますか?
立派なものが何もないんですけど…。
それで言うと「楽しく仕事がしたい」というのがとにかくあって。
自分が楽しくないと多分お客さんにも伝わらないと思うので。「やらされてる」と思うようになったらだめですね。だからできるだけ吸収したいと思いながらやっています。
—あまり「これをやれ」とか「こうすべき」というのは言わない社風ですよね。
はい。自分で「こうしたらいいかな」と考えたり、言われる前にやる、というのが大事かなと。「次この人はこうやるだろうから、私はこれやろう」というのを先読みしてやる、というのを荻さんについていた時にすごく教わったので、それを心がけてます。
いま、ランチで小鉢が毎日つくんですけど、それをやらせてもらってます。いちおう毎日変えてます。「明日は何にしよう」と考えるのは楽しいし、いいものができたときは嬉しい。ホールスタッフがそれを見て「すごい美味しそう!」って言ってくれたりするとさらに嬉しいです。
—和食は圧倒的に男性が多いし、特に料理人は男社会ですよね。そのへんやりづらさはありました?
私が入った時もひとり女性がいたのですこし安心したんですけど、まあ、いてもいなくてもそんなに変わらなかったんじゃないかなと。そのくらいみんな本当に和気あいあいとしていて。「男社会だから」というのが全然なくて。いまも全然ないですね。
—まさにこれから活躍する小林さんですけど、これからもっとこうなりたいというのがありますか?
あまり上昇志向というのないので、ほんとに楽しくやりたい(笑)
とりあえず今の目標は板をちゃんとできるようになりたい。(混雑してカウンターが埋まる)土日をまわせるようになりたいです。カウンターの接客も含め。あとお酒の知識がないので、それも詳しくなりたいです。
—上昇志向はないと言いつつ、学ぶ意欲はすごいですね。ちなみにディスカバリーの好きなところは?
仲がいいところですね。それと、どんどんステップアップできるところ。
私(がステップアップしたの)は、「自分がここに入るしかない」という状況で、代わりがいないから否が応でもやるしかない!という感じだったのでタイミングがよかったのかもしれないですけど(笑)
—小林さん、次に新しいお店を出す時に図面も引いたらいいのでは?実際に厨房を使ってるから、料理人目線で導線がどうとか分かる。
ハード面とソフト面が両方つくれる人ってすごい貴重だからそういう人になるのは?
いやあ、すごくプランクがあるから…。できたら楽しいですね。でもそうしたらそっちも勉強しなくちゃ…(笑)
インタビュー中に何度も「私は本当にまだまだで」「あれもこれもできていない」という謙遜の言葉を連発していた小林さん。だけど本当にそのままの人だったら、きっとここまでステップアップしていないはず。というわけで、何度も名前が上がる「元・直属の上司」である荻根沢「いいと」ディレクターに小林さんの印象をこっそり聞いてみました。
祐子さんは、印象より負けず嫌いですよ。
入社当初、未経験で女子なのでこちらもすごく気を使って、なるべく早く退社させようとしたり負担を軽減しようとしてましたが、言うこと聞いてくれないんですよ(笑)特別扱いされるのが嫌なんだと思い、簡単な仕事から責任を与えていきました。そうしたら自分の担当外の発注ミスがあっても最初に謝りにくるんです、「すいません注文忘れました」って。叱られるのわかっているのに「こいつすげーな」と感心したのを覚えてます。
失敗や壁にぶつかった時、必ず涙していたのですが、絶対見られないようにしてるんです。こちらも気付かないふりをしてさらにアドバイスをするという事を繰り返してました。だから仕事をどんどん吸収して、どんどん壁を乗り越える感じでした。彼女は料理が本当に好きなんだなと思います。
言い訳せず、みんなが気がつかない事に気付き、それを決して口に出さない芯の強いところは彼女のいいところだと思います。これからも祐子さんを応援したいと思います。
…インタビューで感じた彼女のふんわり柔らかい印象とは全然違い、ものすごく男前!
この心意気があったからこそ、まったくの未経験から最前線である板のボジションをまかされるまでになったのですね。これからさらに腕を磨いていく小林さん、楽しみです。