〜「shokkanryudo-cho 食幹龍土町」で食べたいひと皿〜
〜ディスカバリーを彩る水墨画のこと〜
~DISCOVERYではたらく人々 第13回~
〜和のクラフトビールに、和の美味を〜
~DISCOVERYではたらく人々 第12回~
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~DISCOVERYではたらく人々 第3回~
〜ディスカバリーを彩る水墨画のこと〜
広尾「小野木」の階段を昇りきった左側の壁に、一枚の大きな絵があります。昇り鯛。この絵を描いたのは新進気鋭の水墨画家・立川瑛一朗さん。実は「いいと」でも、そしてこのたび開店した「shokkan 龍土町」でも、彼の水墨画が飾られ、お店の雰囲気づくりにおいて大きな役割を担っています。
というわけで今回は、ディスカバリーのお店をアートの面から作り上げている立川さんにお話を伺ってきました。
(インタビュー・近藤あゆみ)
こんな立派な場所で、あのサイズで描かせてもらったのは初めてです。「モチーフは昇り鯛で」と小野木さんからオーダーがありました。
これは薄い和紙の裏側から描いています。ちょっとボワッとした雰囲気にするために事前にドーサというにじみ止めを霧状に吹いてます。それを吹くとそこに墨が乗らず、さらにそれを裏側から見ると独特の印象になります。雪景色とか、黒バックに白い花びらとかを描く時によく使う画材です。
こういうタッチにしようと思った理由のひとつが、目の前の木の根っこです。それと重なるように絵が配置されるので、人の筆技を大々的に見せるというより、素材の面白さに寄せて、根っこに寄せて馴染むようにしたいなと思ったんです。
場所が決まっていたら、わりとそこに合わせて自分の中で描きようを変えます。
今回は階段をのぼった脇にあることや目の前に根っこがあるという物理的要素も判断材料になりましたし、何より小野木さんのキャラクターに基づいて、お店の雰囲気を自分なりに想像して描きました。
はい。その時にずっと仕事している姿を見ていたので、そういう人の大事なお店に描かせてもらうという嬉しさに比例して緊張感もありました。
アルバイトをしていた時に、小さい規模ですけど渋谷で個展をして。そういうのをやるたびに(食幹の)皆さん来てくれるんですが、その時に小野木さんが絵を見て「今度お店やるから描いてよ」と。嬉しかったですね。
幹さん(ディスカバリー代表)とのお仕事、実は文字(ロゴ)が先なんです。「小野木」「いいと」「shokkan 龍土町」のロゴは僕が書きました。
絵を描くのは昔から好きで。でも絵を仕事にできるという発想もなかったですし、絵を誰かに習ったり学んだりするという概念もなかった。普通に就職して会社勤めするつもりだったので美大とかではなく、一般大学に入りました。大学1年の時に趣味で絵を習ってみたいと思った時、知り合いが水墨画を習いに通っていた所に遊びに行ったのがきっかけです。その時に師匠である水墨画家・土屋秋恆先生に出会って、通いながらハマッていきました。
大学卒業して普通に就職したんですが、社会とつながる術(すべ)としてできるなら「自分が好きなこと、一生懸命やれること」をやりたいなと思い、3年勤めて辞めました。絵で食べていこうと。
安定(した生活)はないだろうなと思ってたんですけど、周りで絵を描いて生活している人を何人か知っていましたし、やりようによってはあり得ると思いました。それで会社を辞めた後、絵を描きながら生活するために渋谷の食幹でアルバイトを始めたんです。今から4年前ですね。
最初は週5日フルで入ってました。会社にいたら時間の融通もきかないですし、正社員だと中途半端な気持ちになってしまう。アルバイトはある意味きっちり時間で働けるのでいいなと。絵を描いて食幹で働いて…まあ信じられない生活リズムで暮らしてました。
絵で食っていくために仕事を辞めたので、「自由に絵をかけるようになれればいいな」じゃなく「絵で稼ぐ」「絵を生業に」という気持ちも大事にやっていたので、もう力ずくでやっていった感じです。
食幹は…すごくいいところに入れてもらったなと思いましたね。雰囲気がよくて働きやすかったです。仕事の話もプライベートの話もいい具合にコミュニケーションして仕事できた。アルバイト先としてもおすすめですよ(笑)
意見を求められることも普通にあったし、アルバイトも対等に相手してもらえてる感じはしました。緊張感持つところは持って、和やかなところは和やかに。一部の人だけそう、とかじゃなくて皆さんがそうだった。
基本的に筆一本、墨と水だけで色々なものを短時間で表現するというのがまず面白くて。パパッと和紙を筆でなでただけでお花になったり景色になったり、その描きっぷりにしびれたというか。
他のもの(油絵や水彩画など)は試してもいないし試そうとも思いませんでしたね。遊びに行ってたまたまやってみたらすごく面白かったという。
水墨画はわりと瞬間芸的なところがあります。例えば「小野木」の鯛の絵だと、OKが出た絵を逆算したら直接の作業としては1日や2日で全部終わるものなんですけど、それが一発でイメージ通りに仕上がるかどうか。途中で失敗したら直しにくいジャンル。なので少しでも気を抜いてると延々終わらないです。小さい作品でも終わらない。
はい、書道に近いです。そこが面白い。
ダイレクトにこうやって(筆の根元を持って紙に近づけて)描くわけじゃなくて、筆自体の高さで線の太さも色の出方も変わってくる。だからメンタルはもろに出ます。気を抜いてると変な線になるし、いい瞬間をつかまえる面白さみたいなものがハマッた理由のひとつですね。
それはあります。だから自分の期待以上のもの、イメージしてたものより良くなった時は嬉しくなります。
「小野木」も「いいと」も絵は1枚ずつなんですが、今度の龍土町は点数が多いです。全部で10点。各テーブルに小さいのが7点、細長いのが1点、お手洗い前に1点…。
幹さんからのオファーは、ざっくり言うと東京の街並み、風景です。人工物、建物がメインなので今まであまりないモチーフ。水墨画は筆を三次元フルに活かして描くので、有機的な線のモチーフを描くことが多いんです。建物だと直線が多いのでそれをどうするか。あまり細かく描き過ぎても水墨画で描く魅力がなくなるし、そのバランスが難しかったです。
ひとくちに飲食店といっても色んな要素でできていて、場所、内装、器、食材、人…。そういう中で今回の龍土町のお店は、土地柄と場所のキャラクターに焦点をあてた感じですね。
締め切り的にはギリギリで…まだまだ未熟だなと思ってはいるんですが、「緊張感がないとできない」というのもあります。
先ほど「つかまえる面白さ」と言ったように、仕留めようと思わないと仕留められないんです。集中してなくてもせっせとやっていれば仕上がる…というタイプの絵を描いてないので、グッと集中してやらないといけない。人間何もないとそんなにグッとなれないので、どんなお話であれギリギリになっちゃうことは多いですね(笑)
今は自分の絵を描きながら、個人宅やお店からのオファーで絵を描いたり、企業の依頼でイベント等で描いたりする仕事をしています。師匠の主催している水墨画教室で一般の方々に教えたりもしています。師匠の教室は下北沢、神楽坂、二子玉川、横浜。そのうち自分は神楽坂と横浜に参加しています。いずれ自分の教室もやりたいなと思っています。
そうですね。ぜったい面白いものだと思うので。あまり宗教ぽくきこえるとアレなんですけど、哲学ぽい側面もあるので、みんな…とは言わないけどやったら絶対面白いと思うんですよ。画材をたくさん揃えるわけじゃないので、お金もあまりかからないですし、とっつきやすい。
まずは、もっと多くの人に見てもらえるような描き手になりたいです。
そうなったらとてもありがたいです!
食器についてのインタビュー時にもあった「近い世代、若い世代の作家さんと一緒に取り組みたい」というディスカバリーのお店づくりに対する思いを、再び感じる回でした。
水墨画…と聞いて、素人である私は「渋い、枯れた」雰囲気を想像していたのですが、モチーフも筆致もものすごく生き生きとしていて斬新。水墨画ってこんなに楽しくて新しくて格好いいものなのか…と驚きました。立川さんが丁寧にその「瞬間」をつかまえて鮮やかに紙に現した作品を、ぜひ各店舗に見に来て下さいね。
【プロフィール】
立川 瑛一朗 (たちかわ えいいちろう)
水墨画家
1988年 神奈川県生まれ。少年期を中国の北京・上海で過ごす。
2007年 学生時代より水墨画家土屋秋恆に師事。
2011年 慶應義塾大学理工学部機械工学科卒業。
2014年から古典をもとにしながらも現代に立脚した作品制作を開始。様々な分野の作画に携わりながら横断的に水墨画を発信しつつ、水墨画文化のこれまでと今とを繋げるべく、画題・構図・技法に偏りない縦断的な視点にて作品を制作。水墨画という窓を介して望めるものを追求する。こうした制作活動に加え、カルチャースクールやイベント等でのワークショップを通し、古典技法の指導・紹介も実施。実体験に基づいた主体的な文化の理解・普及にも務める。墨閃会師範。
★HP: eiichirotachikawa.com